こんにちは。 名古屋大学自動車部です。 今回はブレーキパッドについて、モータースポーツをかじる大学生の目線でお話しさせて頂きます。
ブレーキパッドとは、ディスクブレーキ装着車において減速の役割を担う重要なパーツです。ブレーキローターに直接触れるため消耗品となっており、純正品以外にも数多くのメーカーから様々なタイプのブレーキパッドが販売されています。
今回はこのブレーキパッドについて 「摩擦係数」 「初期制動力」 「耐フェード性」 の3つの観点から、お話しします。
まずは、上記の3つ「摩擦係数」「初期制動力」「耐フェード性」の観点について説明します。
市販のブレーキパッドの商品説明を眺めていると、『摩擦係数:0.3~0.4』などと表記されていることがよくあります。
この数値が大きくなるほどパッド面とローター面との摩擦が大きくなり、同じブレーキ踏力でもより強い制動力が得られます。 『○○~××』と値が一定でないのは決して個体差などではなく、温度によって摩擦係数が変化するからです。
ブレーキを使用しつづけ、高温になるとブレーキパッドに含まれる樹脂成分が溶け出してきます。その溶け出した素材が、潤滑剤のようになってしまうため摩擦係数が小さくなり、ブレーキの効きが悪くなります。 この現象を「フェード」といいます。
「より強い制動力が得たいのなら“摩擦係数”を、大きくすれば良いだけではないか」と端的に考えがちです。 しかし、摩擦係数によって摩擦力自体を大きくしてしまうと、同時にブレーキングによる“発熱量”も増えてしまい、フェードを引き起こしやすくなってしまいます。そのため、これ以外の方法をとる必要があります。
先ほど「ブレーキパッドの摩擦係数の値は一定ではない」と書きましたが、ブレーキングを始めてからそのパッドが持つ摩擦係数の最大値に到達するまでの目安となるのが「初期制動力」です。
初期制動力が大きいほど、踏んだ瞬間からガツンとブレーキが効きます。 しかし、踏力による挙動のコントロールが難しくなったり、ロックしやすくなったりします。 反対に初期制動力が小さいと、踏み込んだ量に応じてジワジワ効くようになります。
慣れないうちは、こちらの初期制動力が小さいタイプがおすすめです。
①でふれた「フェード」の影響をどの程度受けるかの目安が、耐フェード性です。 社外品のブレーキパッドでは、フェードが始まる温度を高めたり、フェード時の摩擦係数の低下を抑えたりする素材が使用されています。
では次に、「摩擦係数」「初期制動力」「耐フェード性」の要素を踏まえ、純正品と社外品、それぞれのメリット・デメリットについて見ていきましょう。
国産車の純正品及び純正同等の補修用部品には、主に「ノンアスベスト」(ノンアス)と呼ばれる素材が使用されています。
“レジンモールド材”とも呼ばれ、非金属繊維を中心に微量の金属繊維及び金属粉、潤滑剤などをフェノール樹脂で固めて作られています。
金属の比率が、低く抑えられているため ・ブレーキダストが少ない ・ローターに与える負担が少ない ・耐フェード性に優れる などといった、利点があります。
「耐フェード性に優れる」と言われると聞こえがよく思えますが、これは単に金属の比率が少なく熱伝導率が低いからであります。 後述の金属主体の社外パッドでは、高い熱伝導率でも耐フェード性を向上する様々な工夫がなされています。
また、優れているというのは適正温度の範囲内での話であり、街乗りを想定した適正温度の低い純正パッドは、スポーツ走行でハードなブレーキングを繰り返すといとも簡単にフェードしてしまい危険です。
私はジムカーナ練習会でフロントの純正パッドが熱で変形してしまい、常にブレーキが引きずるようになってしまったこともあります。 社外パッドは純正品に比べ適正温度が高く設定されていて、フェードが始まる温度も高いため、スポーツ走行に向いていると言えるでしょう。
余談ですが、一昔前までブレーキパッドには“ゴムモールド材”と呼ばれる素材が使用されていました。
この素材には耐熱性向上のためアスベスト(石綿)が含まれており、肺がんなどの健康被害が社会的に問題視されるようになった1980年頃からアスベスト代替素材(チタン酸カリウム)を用いたブレーキパッドが使用されるようになり、現在に至ります。 これが、「ノンアスベスト」と呼ばれる所以です。
また、この項目の冒頭を「国産車の」としたのは、海外製の車の多くは“ノンアス”ではなく後述の社外品に使用されるような“メタル素材”のパッドを純正で導入しているためです。 この理由としては、大柄で車重が重い車が多いこと、法律上日本より速いスピードで走ることができるため、より制動力が必要になることなどが挙げられるでしょう。
海外製の車のホイールが、真っ黒に汚れているのを見たことがありませんか? (下記画像参照)
この汚れは、ローター攻撃性が高い金属製のパッドによりブレーキローターが削られて付着したものでもあります。
一口に「社外」といっても、ストリート、スポーツ、ジムカーナ、ラリーなど様々なタイプのものがあります。
メーカーによって分類が異なる場合もあるため、以下に記すのは筆者の独断と偏見によるものであることをご了承ください。
このタイプのパッドには、純正品と同じくノンアスベスト材が使用されています。
このカテゴリーの製品は「低ダスト・低ノイズ」をうたっていることが多く、他の社外パッドと比べてブレーキダストの量が少なく、ブレーキの鳴きも抑えられているのが特徴です。
性能としては純正・純正同等とそれほど差がないものが多いですが、その分価格が抑えられており、有名メーカーのブレーキパッドを手軽に楽しみたいという方におすすめです。
ストリート向けに比べ、ワインディングやサーキットユースでの性能を向上させたタイプです。 素材は“ノンアス”から“メタル系”まで幅広く使われており、初期制動力が抑えられているのが特徴です。
また街乗りでの使用も想定して低温時の効きも重視されています。 バリバリの競技仕様とまではいかないが、気軽にスポーツ走行を楽しみたいという方におすすめです。
モータースポーツ等、競技向けのパッドになります。 このカテゴリーはSUPER GTや86/BRZレース、あるいはクラブマンレース等名だたるサーキットレースで使用され、そのデータをもとに開発されているだけあり、各社の開発競争が激化しているカテゴリーでもあります。
特定車種専用のモデルが多いのも特徴です。 サーキット用パッドはその耐熱性の違いにより主に 「スプリントレース向け」 「耐久レース向け」 の2種類に大別できます。
初期制動力が小さく設定されているのは、両者共通です。 スプリントレース向けのものは、摩擦係数が高く設定されています。 耐久レース向けのものは、摩擦係数が小さい代わりに適正温度域がかなり高くなっています。
このタイプのパッドは、他のタイプのパッドと比べて“メタル材”が、多く含まれる「セミメタル」素材が主流です。
また、初期制動力が高くなっているのが特徴です。 特にリアブレーキに用いられるものは「フルメタル」とも呼ばれ、サイドブレーキによる後輪のロックが容易になっています。
しかし、金属の比率が高く熱伝導率が高いため、熱に弱いという弱点があります。 ジムカーナでの使用ならば一回の走行時間が短いため全く問題ありませんが、サーキットやワインディングでハードなブレーキを繰り返すと、最悪の場合パッドの表面が炭のようになってしまい非常に危険です。
また、冷間時のブレーキの鳴きが大きいのも特徴です。 私がシビックに乗っていた頃、リアにこのタイプのパッドを装着していたのですが、停車するときに必ず「キィィィイイイ!」と鳴くため、引っ越してきたばかりの近隣の方から苦情を受けました。 ご迷惑をおかけして申し訳ありません。
ダートトライアルは、低μのグラベル路面で行われ、かつ短時間で競技が終わることもあり初期制動力も耐熱性もそれほど必要ないことため、ノンアスベスト素材がよく使われています。
また、ブレーキング時のリアのコントロールをしやすくするためフロントがノンアス、リアはセミメタルという組み合わせが主流になっています。 特性的にはサーキットパッドと似ているため、こちらで代用することもアリでしょう。
ちなみに、名大自動車部の部車インプ(GC8)は、サーキットパッドを装着して七大戦ダートトライアルを走り、見事3位入賞を果たしました。
先述のジムカーナ向けとは反対に、初期制動力を抑えつつ適正温度を限界まで高めたのがラリー向けのパッドです。
急こう配の林道やハイスピードセクションからのハードなブレーキングを繰り返すラリー競技では車輪のロックやフェード現象は命取りです。 そのため、セミメタル素材で、熱容量を確保しつつ高温時でも効きが安定するような工夫がなされています。
ラリー車両ではマスターバックレス(ブレーキの倍力装置を解除すること)など、車体側で制動力が制限されている場合もあるため、そのような車両に向けて初期制動力がかなり高いラリーパッドも用意されています。
ストリート向けとほぼ同じ立ち位置ですが、装着によるデメリットも存在するため別でカテゴリーとします。 「純正ブレーキパッド」の項目で、「海外製の車はブレーキダストが多い」と指摘しましたが、その点に注目して各社から用意されているのがこのタイプです。
日本市場のニーズに合わせ、純正パッドと比べてダスト量やローター攻撃性、ブレーキの鳴きを低減する目的で開発されています。 より一層の効果を得るため、ブレーキローターとの同時交換を推奨する製品も多くあります。
ただし、元々スポーティーな味付けになっている海外製の純正パッドに比べ、こちらは快適性を重視しているため、スポーツ性能においては劣る部分もあります。 サーキット走行での使用を保証していないモデルもあるため、注意が必要です。
今回は、私自身が来年度からジムカーナのシリーズ戦に参戦するために、ブレーキパッドを選んでいたこともあり、このようなテーマでコラムを書かせていただきました。
ここまで紹介したとおり、ブレーキパッドには様々な種類があり、それぞれが全く異なる用途を想定して作られています。
競技用パッドの中にはメーカーが公道での使用を禁止しているものもあります。 また、今回はブレーキパットのことを中心にお話ししましたが、当然、ブレーキパットの強化はもとより、 ・ブレーキオイルの沸点の高いものにする ・ローター、キャリパー、ブレーキシリンダー等の強化 なども、複合してセッティングすることが、バランスよいブレーキになります。
今回のコラムがパッド選びの一助となれば幸いです。 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
(執筆:名古屋大学自動車部)