こんにちは。北海道大学自動車部です。エンジンの中身は触ってはいけない聖域だと考えている方は多いことでしょう。今回は、そのエンジンの内部ついてのお話です。
“エンジンオーバーホール”に至る原因は様々です。それを大きく二つに分けるとすると、消耗部品の劣化によるものと、負荷をかけすぎたことによる部品の破損に分けられます。消耗部品というと、“ピストンリング”や“バルブステムオイルシール”の劣化によるオーバーホールが多いです。これらが劣化するとエンジンオイルがシリンダーに侵入するようになり、異常燃焼などを引き起こし最悪の場合エンジンブローに至ります。エンジンが壊れる前にオーバーホールすれば、エンジンが停止するなど大きな不具合も起きず、軽い部品交換で済むので、比較的軽いエンジンオーバーホールで済みます(それでも大きな仕事にはなりますが)。
負荷をかけすぎることによるものは大半、エンジンブローしてから気づきます。ブースト過剰によるピストンの破損・コンロッドの折損、オイル管理の不行き届きによるコンロッド・クランクメタルの焼き付き、冷却不足によるシリンダーの焼き付きなど、きりがなくあげられます。こちらの原因でのオーバーホールは、非常に大変です。なぜなら部品へのダメージの範囲が、広いことによります。ブースト過剰を例にとると、ピストン破損によりシリンダーへ傷が入ったり、コンロッドの折損によりシリンダーブロック本体に穴が開いたりと、一つの部品が破損することにより他の部品へダメージを与えます。それにより、交換部品が多くなってしまうためです。
こう聞くと、エンジンに負荷をかける走行をしている方は心配になるかもしれませんが、純正の状態で乗っているならば後者のようなことはめったに起こりません。しかし、筆者はパワーを求めてブースト圧を大幅に高くしたところ、ピストンが割れてしまいました。替えのエンジンもなくオーバーホールに踏み切ることになってしまったのです…。
その経験をもとにエンジン分解の順序と、その際に興味を持って知識を蓄えたエンジン内部それぞれの部品に関連したエンジンチューンについてお話します。
まずはこの部品を外しましょう。“タイミングベルト”は、ピストンの運動と連動して吸排気がタイミングよく行われるようにカムシャフトを動かす部品です。タイミングベルトはただ回っているだけのように見えますが、毎分数千回転ピストンからの力をカムシャフトに伝えています。カムシャフトは手で回すにしても力が必要ですので、どれほどの負荷がかかっているかは想像に難しくないでしょう。負荷がかかる部品なだけあり、10万km走行ごとに交換が必要です。交換せずにベルトがちぎれるとバルブやピストンを破損し、ベルトを交換するよりも多くのお金と時間がかかってしまいます。
同じ役割をする部品にタイミングチェーンがあります。こちらは名前の通りチェーン、金属でできており、タイミングベルトのような交換の必要がありません。しかしタイミングチェーンはタイミングベルトよりも重量があり、運動によるエネルギーの損失が大きいといえます。近年はどちらの部品も性能改善が進んでおり、どちらかが極端に多く採用されているようなことはありません。スポーツカーのような性能が求められる自動車のエンジンには、タイミングベルトが多く使われています。
次に、この“カムシャフト”と呼ばれる部品を外します。タイミングベルトからの入力を受けて回転し、山になっている部分でバルブを押す部品です。カムシャフトの山をカムと呼び、その形はカムプロフィールと呼ばれ、その名の通りカムシャフトの性格を決めるものでエンジンの性能に直結します。
山の裾野が大きいほど早くにバルブが開き、より多くの混合気を取り込むことができます。また山が高いほどバルブが大きく押されるので、同じく多くの混合気を取り込むことができます。ガソリンを多く燃やせるようになるので、より大きな出力を得られます。このようなカムは“ハイカム”と呼ばれ、エンジンチューンの定番の一つになっています。
しかし、山が大きければ大きいほど良い!というわけではありません。高速走行時にこそ大きな出力を得られますが、低速時にはピストンの上下運動のスピードが遅く、多く取り入れた混合気に十分な気体の流れが作れず、爆発の伝播が十分正常に行われないため出力が落ちてしまいます。街乗りや低速トルクが重要なジムカーナのような競技をする際には、デメリットが大きくみられることになるでしょう。
カムはバルブのカバー(バルブリフター)と、接触する部位です。そこはもちろん摩擦する箇所なので摺動抵抗があり、エンジンの出力を奪っています。カムを鏡面まで磨くことで摺動抵抗が低減でき、結果エンジンパワーを上げることができます。完璧にチューニングされたエンジンでないと見ることができません。
“エンジンヘッド”はピストンシリンダーを持つエンジンブロックと強度が非常に高い特殊なボルトで結合されています。それにより燃料と空気の、混合気の爆発による衝撃に耐えられるようになっています。外すにも、非常に大きな力が必要です。
吸排気はこのヘッドにある、“ポート”と呼ばれる道を通ります。ポートの形状は気体の通りやすさに直結しており、エンジンの出力特性に大きく現れます。ここを削ったり、さらなるチューニングでは一度ポートを埋めて再成型したりして出力の向上を狙います。
エンジンヘッドは、純正の状態だと、寸法誤差やエキマニやインマニとの組み合わせの余裕があります。それにより、気体の通り道に段差ができ、乱流が起こり、結果流れる気体の量が少なくなってしまいます。この段差を削る程度であれば大きな設備が必要なく、また労力に対するパフォーマンスも大きく期待できます。エンジンオーバーホールの際には、ぜひ挑戦したいポイントです。
もう一つ重要なのが、先ほどから何度か言及している、エンジンヘッドについている“バルブ”と“バルブスプリング”です。
バルブは、ポートと燃焼室を遮る門の役割をしています。高速で運動する気体を遮る部位ですので、ヘッドとバルブの間には高い密着度が求められます。オーバーホールの際には研磨剤を用いて、すりガラスを作る要領ですり合わせます。バルブを付けた燃焼室に灯油を入れ、一滴も漏れないくらいを目安に行います。金属と金属の密着ですから、非常に時間と根気が必要な作業になります。
バルブスプリングは、カムによって押されたバルブを押し戻す役割を持ちます。毎分数千回転する部品ですから、強度不足や寸法に誤差が生じるとスプリングの共振や破損、バルブを押し戻す力が不足するなどでエンジンに大きなダメージを与えてしまいます。レクサスLSや、スバルBRZに発表されたリコールも、バルブスプリングの不良が原因によるものです。
上述したハイカムを入れると、スプリングが運動する距離が長くなるので柔らかいばねでは共振が起こりやすくなります。したがってハイカムと一緒に固いスプリングを入れることで期待するエンジン出力を正しく出力できることや、何よりトラブルを回避することができます。しかし、バルブスプリングを固くするとそれを押す力が一層必要になり、エネルギーの損失になります。燃費を求める自動車では、逆に柔らかいスプリングを入れることもあるようです。
エンジン最下部についているのが、このオイルパンです。エンジンオイルをため、ポンプによりエンジン全体に循環させています。オイルが漏れないように、注意しながら取り外しましょう。
多くの市販車に採用されているのが“ウェットサンプ”という方式です。エンジン最下部にオイルを溜め、クランクシャフト(後述)により攪拌しています。オイルを最下部に溜めることにより、エンジンの全高が高くなり、また競技走行では横Gがかかることによりオイルが偏り正常な循環ができなくなります。
また、クランクシャフトの攪拌にはオイルを横切ることによる抵抗が付きまといます。これらを解決したのが“ドライサンプ”です。エンジンオイルを別のタンクに溜め、循環させます。これによりエンジン全高が低くなり、エンジンを低く搭載できるので重心が下がり運動性能が向上します。競技走行中も正常なオイルの循環が可能になり、クランクシャフトの抵抗も無くなります。漫画、頭文字Dのハチロクのエンジンも途中からドライサンプに変更されていましたね。レーシングカーや高級車、さらには曲芸飛行をする飛行機のエンジンにはこの方式が多くとられます。
“クランクシャフト”は、ピストンの上下運動を回転運動に変換する部品です。強度が必要なので、見た目以上に重量があります。重量を感じながら、外しましょう。
上述した通り、オイルパンの中で、クランクシャフトの“カウンターウェイト”という扇型の部位がオイルを攪拌しています。カウンターウェイトを研磨する、形状の変更をして抵抗を減らす、などのチューニングが施されます。クランクシャフトとピストンのコネクティングロッドやクランクシャフトとエンジンブロックの接続部のオイル管理を担うのが“メタル”と呼ばれる薄い金属部品です。ただの鉄ではなく、オイルをよく保持できる特性を持つ合金でできています。オーバーホールの際にはこの部品の厚さを測定し、正常にオイルを保持できる空間を持つか判断します。
最後にエンジンブロックから、“ピストン”を“コネクティングロッド(コンロッド)”ごと取り外します。エンジンといえば、このピストンが上下して爆発が起こるイメージが想起されます。エンジンチューンの華ともいえるのが“ボアアップ”でしょう。ピストンの径を大きくすることで多くの混合気を燃やし、大きな出力を得るという至極単純ですが一番大きな効果を得られるチューニングです。
もう一つ、エンジンの規格を変更せずにできるチューニングがあります。それがピストンとコンロッドの、重量合わせです。エンジン内部では車により3つか4つ、それ以上のピストンが毎分数千回上下運動しています。ピストン同士に重量差があると、回転のモーメントが釣り合わずクランクシャフトの回転の抵抗やエンジン全体の振動につながります。それらをなくすことで、出力の損失を減らすことができます。重量合わせが行われたエンジンはスムーズによく回り、同じ車種でもピストン重量合わせの有無だけで大きな差が出ます。
以上の部品を整備書通りに取り外せば、すべての分解が終了します。エンジンオーバーホールをするのであればここから部品洗浄と消耗品取り換え、分解と逆の順序での組み立てが待ち受けています。とても根気のいる作業になります。
“エンジンチューニング”は、とても幅広い意味を持ちます。この記事を読んで、少しでもエンジンチューニングのことを知るきっかけになれば幸いです。ここで紹介したチューニングはごく一部なので、ここからさらに知見を深めると、面白い世界が広がると思います。最後までお読みいただき、ありがとうございました。
以上
(執筆:北海道大学自動車部)