私たちが普段何気なく使っている自動車は、搭載されているエンジンによって動いています。このエンジンの性能は、多くの部品の様々な要因が複雑に絡み合い決まります。
エンジンによって取り出される動力の基本原理は、吸気、圧縮、爆発、排気の4つの工程です。
この吸気工程で、多くの空気をシリンダーに取り込むと、それだけ爆発によって得られるエネルギーも大きくなり、エンジンの出力も大きくなります。
この吸入する空気をシリンダーへと導き、圧縮時には密閉し、燃焼後の排気ガスを排出する機能を持つのがバルブです。
このように聞くと、吸気工程始めで吸気バルブが開き、圧縮工程開始で閉じられ、排気工程始めで排気バルブが開くように聞こえます。
しかし厳密には違います。
というのもエンジンが高速で回転しているために、空気の慣性の影響があるからです。
①の吸気でピストンが、一番上(上死点)から下げられることで、注射器と同じ原理が働き、吸気管からシリンダーに空気を取り込み始めます。
②の圧縮でピストンが、一番下(下死点)から上に圧縮を始めますが、慣性力によって空気は流れを持っている為、まだシリンダーに入ろうとします。
この図のように、シリンダーに効率よく空気を入れるためには、吸気バルブは圧縮開始で閉じられるのではなく、少し遅く閉じる必要があります。
吸気だけでなく排気工程でも、同じことが言えます。
③の排気で燃焼後のガスが、排気バルブから排気管へと流れていきます。この排気ガスが高速で流れています。
④の吸気を始めますが、高速で流れている排気ガスはまだ排気バルブへと流れていきます。
そのため、きれいに排気ガスをシリンダーから出すためには、排気バルブもまた、上死点よりも遅く閉じる必要があります。さらには遅く閉じる必要があるだけでなく、同じ慣性の理由から、バルブを開き始めても、空気はすぐにはシリンダーの中に入っていきません。
もし、吸気工程のはじめでバルブが開くとすると、空気の流れが遅いので、それがピストンを押し下げる事の抵抗となってしまいます。この空気の流れによる抵抗はポンピングロスといいます。これはエンジンの出力を損ないます。
そのため、ピストンが上死点から押し下げ始めるよりも前に、吸気バルブを開いておく必要があるのです。同じ理由から排気工程の、はじめよりも少し早くバルブも開きます。
この図を見てみると①と④の同じ吸気開始時に、吸気バルブも排気バルブも開かれている時が存在します。
この吸気バルブと排気バルブが両方開いている時を、バルブオーバーラップといいます。オーバーラップの時間が長すぎると、取り入れた空気は排気バルブへと逃げてしまいます。
逆に短ければ、取り入れるはずの空気が、シリンダーに入りません。では、バルブオーバーラップの時間を、どれくらいにすればいいかというと、簡単には決まりません。
なぜかというと、エンジンの回転数によって空気の流れる速さが変わるからです。エンジンの回転数が高い、つまり空気の流れが速い場合、それだけ慣性力が大きく働きます。そのため吸気と排気の時間を、長くしたいので遅く閉じる必要があります。
エンジンの回転数が低い場合は、空気の流れも遅いため、バルブを開いている時間は短くした方が、シリンダーに入った空気が逃げません。
つまり、バルブオーバーラップの時間は低回転で、より多くの空気を取り込みたい(低回転時のトルクを上げたい)のであれば短く、高回転でより多くの空気を取り込みたいのであれば長く設定する必要があります。そのため低回転型のエンジンと、高回転型のエンジンでは、このバルブタイミングが異なります。
このバルブのタイミングと、バルブリフト量(バルブが開く量)を、模式図にすると以下のようになります。
このTDCとはTop dead center の略で上死点を指します。
この2つの曲線の重なり合っているところがバルブオーバーラップです。
このバルブオーバーラップの長さが、高回転のエンジンほど長くなっていきます。
自動車の多くは低回転型です。
どれくらいのバルブオーバーラップを、持っているのかを確認するには、その自動車のスペックなどに記載されている以下のようなところを見るとわかります。
スペック表の左側は「Intake Valve timing」で、吸気です。
スペック表の右側は「Exhaust Valve timing」で、排気になります。
それぞれのバルブが、いつ開いていつ閉じるのかを表しています。
BTDCとはBefore top dead center の略で上死点前です。ABCDはAfter bottom dead centerの略で下死点後を表しています。
つまり吸気バルブのタイミングは、上死点前20度に開き、下死点後40度に閉じるということを表しています。同じように排気バルブは、下死点前30度に開き、上死点後7度に閉じる事を表しています。
このようにバルブのタイミングやオーバーラップから、そのエンジンは高回転型なのか、低回転型なのかわかります。しかし、現在の自動車エンジンは、バルブタイミングだけを見ると、高回転型でもあり、低回転型でもあります。
なぜかというと、エンジンの回転数ごとにバルブタイミングも変化する機構があるからです。
バルブタイミングを変える機構
・VVT(バリアブルバルブタイミング)
これはタイミングベルトに調整機構を設けることで、バルブタイミングをずらしオーバーラップを変化させられるようにしたものです。カムプロフィールは変わらないので、遅く閉じようとすると、開くのも遅くなります。
・V-TEC
V-TECは、低回転用と高回転用のカムプロフィールの2つを回転数によって切り替えることで、低回転でも高回転でも出力を高めたものです。
また、バルブタイミングは変化させずに、バルブリフト量を変化させる機構なども存在します。
このようにバルブタイミングを変化させることで、シリンダーへと入る空気を多くすることができます。逆に少なくするために使われる場合もあります。それがミラーサイクルです。
通常のエンジンの吸気、圧縮、爆発、排気の4工程はオットーサイクルと呼ばれています。このサイクルの特徴は、圧縮工程の長さと爆発による膨張行程の長さが同じ(圧縮比=膨張比)ことです。
圧縮した混合気は爆発し膨張します。燃焼後の空気はピストンを押し下げて、この爆発によって生じたエネルギーを動力として取り出します。
このピストンを押し下げる長さが短いために、ピストンが下死点に達した後も燃焼ガスは膨張を続けており、その膨張による仕事はピストンを押し下げはしないのです。そのため爆発によって生じたエネルギーのすべてがエンジンの動力とはならずに、排気ガスとして捨てられていきます。
つまり、圧縮時よりも膨張の時間を多くすることができれば、膨張によってピストンを、より押し下げることができるので、爆発によって生じたエネルギーをオットーサイクルよりも動力へと変換することができるようになります。
そのために、生まれたのがアトキンソンサイクルと呼ばれるものです。
これは先ほど述べたように、圧縮比よりも膨張比の方が大きくとられたもので、これによってオットーサイクルよりも爆発から取り出せるエネルギーが多いです。しかしこれには問題点があります。
通常のクランクシャフトと、コンロッドによる往復スライダクランク機構ではなく、その場所にもう1つリンクを追加している複雑な機構となっています。そのためエンジンが高回転で使用とすると、横振りが大きくなるなどの問題点が発生します。
そのため自動車として、ほぼ実用化がなされていません。
ちなみにホンダからは、ガスコジェネレーションユニットのエンジンとしては、アトキンソンサイクルのエンジンが積まれています。
これは、エンジンが低回転かつ一定回転数で使用するために実現ができています。
似たようなものとしては、日産からは可変圧縮比エンジンとして、VC-Tエンジンというものも出ています。
このアトキンソンサイクルを複雑なリンクなどを使わずに、バルブのタイミングのみで疑似的に実現させているものが、ミラーサイクルとなります。
原理としては、圧縮工程の時に途中まで吸気バルブを開いた状態でシリンダーの中に入った空気を逃がし、実際に圧縮する空気を少なくします。つまりものすごく吸気バルブを遅くに閉じるということです。
これによって圧縮する空気が少なくなる、つまり圧縮比が小さくなるために、相対的に膨張比が大きくなります。
一見するとシリンダーに入れた空気を少なくしてしまうので損しているように感じます。確かに、この場合空気を少なくしてしまっているので一回の工程から得られる動力は、オットーサイクルの時に比べて小さくなってしまいます。
しかし、膨張比を大きくしたので、爆発から取り出すエネルギーの効率は大きくなります。
取り出されるエネルギーの効率が高い、つまり燃料をあまり使わなくて済むので燃費において効果を発揮します。しかも、このミラーサイクルはバルブタイミングのみで行っているので、アトキンソンサイクルと違って、運転状況によってミラーサイクルになったり、オットーサイクルになったりすることができます。
例えば、エンジンの出力が必要な発進時などはオットーサイクルとして働き、一定速度で走るようなあまり出力を必要としないときには、ミラーサイクルにして取り出すエネルギーの効率を高める。といったことができます。
そのほかにも・・・
電子制御によってバルブタイミングや、バルブのリフト量を変化させたり、シリンダーに入る空気量を変化させたり、バルブを制御することでエンジンの出力も制御するような機構も様々なメーカーから出ています。
トヨタのバルブマチックと呼ばれる可変バルブ機構などがそれにあたります。自動車メーカーによって、この可変バルブ機構は異なっていたりするので、エンジンを見るときにはぜひバルブも気を付けて見てみてください。
(執筆:横浜国立大学フォーミュラプロジェクト(YNFP))