2017年夏、岐阜大学自動車部は愛知県の美浜サーキットで行われている
『4輪耐久シリーズ第3戦6時間耐久レース』
に、自然吸気軽自動車クラスである660NCクラスで参戦しました。
参戦車両はスズキのHA23Sアルト(2ドアMT)です。
6時間耐久では、軽さを武器に戦い660NCクラスで3位入賞できました。
完走はできたのですが、レース終盤にはエンジンオイル警告灯がコーナリングのたびに点灯し、レース完走後にオイル量を確認したらオイルレベルゲージの下端に1mm付くかつかないかのレベルまで減っていました。
「これは大変だ!」ということで、11月12日に開催される第4戦の4時間耐久レースまでにエンジンのオーバーホールをすることにしました。
ピストンリングを通り越してオイルが燃焼室に入ってしまう「オイル上がり」か、バルブステムシールからオイルが燃焼室に入ってしまう「オイル下がり」だろうということで、ピストンリングとバルブステムシール、ヘッドカバーガスケットを注文しました。
まずエンジンを降ろします。
エンジン回りの補器類やハーネスをすべて外します。外した部品やボルトにはどこのものかメモしておきましょう。
エンジン裏とエキゾーストマニホールドについているフックにチェーンを付け、クレーンで吊り上げます。エンジンルームから出そうとしたのですが、コアサポートにエキゾーストマニホールドが引っかかって出てきません。
そこでエキゾーストマニホールドを外し、別の箇所をクレーンで吊ることでエンジンルームから出すことができました。
エンジンを下ろすことができたら次は、ミッションとデフを外します。
ミッションとデフを外せば、エンジンハンガーにエンジンを固定できるようになります。
さすがアルミ製エンジンなだけあって2人で持ち上げることができました。
エンジンを固定できたら、タイミングチェーンやオイルパンを外します。
いよいよエンジンを開けていきます。ワクワクしながらヘッドカバーを開けてみると、茶色いエンジンが現れました。
「汚い、、、」
走行7万Kmの車両ですが、オイル交換を怠るとこんなに汚くなってしまうのですね。
次にカムシャフトを外し、シリンダヘッドを外すとピストンが見えます。
コンロッドをクランクシャフトに止めているボルトを外し、コンロッドがシリンダー壁面にあたらないようにそっとピストンを取り出します。
先ほど取り外したシリンダヘッドからバルブやバルブスプリングを取り外します。
バルブスプリングコンプレッサーという工具を使い、バルブスプリングを圧縮しバルブコッタという小さな部品をピンセットで取り外します。
取り外したバルブやバルブスプリング、コッタなどはどこについていたものかが分かるように保管しておきます。
今回は発泡スチロールに突き刺していくという雑な管理をしてしまいましたが、移動させるときにぶちまけてしまわないようにしっかりと管理することをお勧めします。
汚いエンジンをきれいにするため強力パーツクリーナーをお湯に溶かしたアルカリ性のお風呂に入浴させ、割り箸の先にウエスを巻いたものを使うなどしてカーボンもできる限り取り除きます。
エンジン洗浄後はパワーアップを狙いバルブの擦り合わせをします。
しかし、モタモタと無計画にやっていたために、この段階で耐久レースまで残り1週間を切ってしまいました。
また、エンジン洗浄後しばらく放置してしまったために錆が浮いてきてしまい、除去するのが大変でした。
洗浄後は素早く組むか、エンジンオイルを塗布するなど錆対策をしたほうが良いでしょう。
バルブ擦り合わせとは、吸気排気バルブが閉じた際にバルブのフェース面とシリンダヘッドのシート面の擦り合わせが上手くできていないと、そこから圧縮が抜けてしまいエンジンの性能が発揮されません。
エンジンオーバーホールの中でかなり重要な作業です。
タコ棒という棒の先に吸盤が付いたものをバルブの面につけ、バルブのフェース面にバルブコンパウンドを塗りバルブをバルブガイドに差し込みます。
タコ棒を手で回転させながらバルブをシリンダヘッドのシート面にたたきつけます。
ある程度擦り合わせをしたら、光明丹を使い擦り合わせ具合の確認をします。
光明丹を柔らかいオイルや灯油で溶きバルブのフェース面に塗ります。
バルブをバルブシートに1度だけポンとハンコを押すように押し付けます。
シリンダヘッドのシート面に均一に、光明丹が転写されていれば擦り合わせは成功です。
均一に転写されるようになるまで擦り合わせをひたすら繰り返します。
これでエンジンのパワーが上がると信じて頑張りましょう。
今回は時間のなさとバルブのフェース面がかなり荒れていたためバルブステムにゴムチューブを付け、そこにドリルを付けてチュンチュン擦り合わせしてしまいました。
結果は線傷が多くできてしまい、その後手作業で擦り合わせ、カバーしようとしましたが、あまり上手くいきませんでした。
手で地道に擦り合わせすることを強くお勧めします。
バルブステムシールやピストンリングを新品に交換します。
バルブステムシールプーラーという工具を使い古いバルブステムシールを外し新たなバルブステムシールを取り付けます。
新しいバルブステムシールにはあらかじめエンジンオイルを塗布しておきます。
今回はリビングで作業をしていたため、エンジンオイルが手元になくサラダ油を使ってしまいました。取り付ける際は真っすぐ力を加えて奥まで差し込むようにします。
オーバーホールの目的の一つであるバルブステムシールの交換が終わったら、外した順番と逆に元通りに組み上げていきます。
バルブスプリングとバルブを付け、外した時と同じようにバルブスプリングコンプレッサーでバルブスプリングを圧縮しピンセットでコッタを取り付けます。 最初はうまくいかずイライラしますが、無理に入れようとせずにそっとやるとうまくいきました。 耐久レース2日前にここまでの工程が完了しました。
次にピストンに新しいピストンリングを装着します。
ピストンリングは合計で3つあります。
1番上からトップリング、セカンドリング、オイルリングです。
トップリングとセカンドリングはコンプレッションリングとも呼ばれシリンダー内の圧力を保持する役割があります。
セカンドリングはシリンダー壁面についた余分なオイルをワイパーのようにかき落とす役割も担っています。
オイルリングは基本的に2本のレールとその間の波型のスペーサーの3つの部品からできています。
オイルリングは適量なオイルをシリンダー壁面に運び、余分なオイルをピストン内側へ逃がす役割を担っています。
ピストンリングは裏表が決まっているので間違えないように入れます。
また、ピストンリングを入れる際にピストンに傷をつけてしまわないよう、細心の注意を払います。
すべてのピストンリングを付けたら整備書通りに、それぞれのピストンリングの切れ目の位置を合わせます。
エンジンオイルを塗布し、ピストンリングコンプレッサという工具を使いピストンリングを押し縮め上からコンコンとたたいてシリンダーに挿入します。
いよいよシリンダヘッドとシリンダブロックを合体させます。
新品のシリンダヘッドガスケットを挟み、整備書の順番通りにボルトを規定トルクで締めていきます。
今回シリンダヘッドは洗浄しましたが、シリンダブロックは洗浄しなかったためツートンカラーのエンジンが組みあがってしまいました。
耐久レースまで残り36時間を切り焦りが出てきました。
シリンダヘッドにタペットとシム、カムシャフトにエンジンオイルを塗布し取り付けます。これらを取り付けたらシックネスゲージを使いタペットシムとカムの隙間(バルブクリアランス)を測定します。
バルブクリアランスが基準値に収まるように最適な厚さのシムを注文しなければなりません。
今回は時間がなかったため基準値に近いことだけ確認しました。
バルブ擦り合わせの影響等で、バルブクリアランスが基準値に収まらないこともあるので計画性をもってオーバーホールしましょう。
次にタイミングチェーンを取り付けるのですが、ここで問題が発生してしまいました。
K6Aエンジンの整備書を購入したのですが、1世代前のアルト用だったためタイミングチェーンのマークや合わせ方が全く異なりタイミングが合わせられなくなってしまいました。
大慌てでスズキディーラーに駆け込み、適合する整備書を見せていただきました。
本当にありがとうございます。
こんなことにならないように自分の車種、年式に合った整備書を準備しましょう。
タイミングチェーンを取り付け、オイルパンなども取り付けていきます。
耐久レースまで残り30時間の午前1時。
ついにエンジンのヘッドカバーを閉じることができました。
元通りにどんどん部品を取り付け、エンジンが組みあがったらエンジンハンガーからクレーンに付け替えミッションを付けます。
クラッチの芯出しをしてミッションが組み付いたらいよいよエンジンをアルトに乗せます。
エンジンの位置合わせをしながらエンジンマウントに固定します。
ドライブシャフトをさし、ハーネスの配線、補器類の取り付けを行います。
取り外したボルト類はどこから外したものか記載し、小さな袋に入れ管理していましたが、見当たらなくなっていたり、どこにつけるのかわからないボルトが出てきたりしてしまいました。
すべての小さな部品を完璧に管理することは面倒くさいですし時間もかかりますが、後々探したり考えたりするほうが時間とられて大変なので完璧に管理したほうが良いとわかりました。
オイル類やクーラントを入れ、耐久レース13時間前に全てが完了し遂にエンジンをかける時がやってきました。
エンジンの分解から擦り合わせ、組み上げ、ハーネス、補器類の装着まで自分たちでやりました。失敗の臭いがプンプンします。
ドキドキしながらキーを回すと、「キュルキュルキュルブォン!!」
無事エンジンがかかり「アイドリングも安定した!」と、思ったとたんに「プスン。」と止まってしまいました。
もう一度セルを回すもキュルキュルとむなしい音が響くだけです。
接触不良があるのではとハーネスやアースを見直し、ミッションのアースがしっかり固定されていないことに気づきました。
しっかり固定させもう一度エンジンスタートを試みます。すると何もなかったかのように一発始動しました。アースはしっかり接地させましょう。
10分ほどアイドリングをして様子を見ましたが、何も異常がないので慣らし走行に出発します。
今回はピストンリングの交換をしたので1000kmほど慣らしをしたかったのですが時間がなかったので500kmを目標にします。
3000回転しばりで15kmほど走行したころで異常発生です。
ヘッドライトやメーター照明がどんどん暗くなっていき、回転数計が表示されなくなりました。
なんとかガレージまで戻ろうとしましたが途中で点火が十分にできなくなり動けなくなってしまいました。
不具合はオルタネーター関係だろうと推測できましたが何をどうしてよいかわからず、耐久レース10時間前にしてレッカーを待ちながらもう無理かと絶望しました。
レッカーでガレージまで戻してもらい、アースがしっかりとれているか、すべてのコネクターがつながっているか、ベルトの張りは適切かなどオルタネーター周りを点検します。
オルタネーター周りを手探りで撫でまわしてみるとコネクターらしきものが見つかりました。オルタネーターの配線をし忘れという単純なミスです。
このコネクターを繋ぎ合わせ、エンジンを始動すると問題なくかかり不具合は解消しました。
耐久レース当日午前0時。今度こそ慣らし走行に出発します。
3時間ほどかけて田舎道をひたすら走行し200kmの慣らし走行をすることができました。
慣らし走行では3000回転以上回せないので、高負荷をかけた時のテストはできませんでしたが何ごとも問題なく帰還することができました。
大急ぎでレース本番用のエンジンオイルとミッションオイルに入れ替え、荷物を積み込み慣らし走行を兼ねて美浜サーキットまで向かいます。
何とか間に合いレースに出走することができました。
当日に完成したリニューアルエンジンでの慣らし走行も300kmのみ。
不安いっぱいでしたが無事何のトラブルもなく4時間耐久レースを完走することができました。
順位は前回より低いクラス5位でしたが、自分たちがオーバーホールしたエンジンで完走することができ、とにかく嬉しかったです!
レース終了後エンジンオイルをチェックしてみると、エンジンオイルは全く減っておらず、オイル下がり・オイル上がりは完全に解決したことが分かりました。
また、エンジン洗浄したためエンジンオイルの色は新品同様をキープしていました。
今回初めてアルトのエンジンのオーバーホールを行い、結果はいろいろな意味でギリギリ成功でした。
①計画をしっかり立て時間に余裕を持つ
②バルブクリアランスを測定してからしかシム注文ができないので計画に入れておく
③車種、年式に適合する整備書を準備する
④ボルトやパーツの管理を怠らない
⑤エンジンを降ろす際エキゾーストマニホールドは外し他の場所を吊る
⑥エンジン内部の細かい部品は厳密に管理する
⑦エンジン部品洗浄後は錆やすいので錆対策を怠らない
⑧擦り合わせはとにかく根気強く
⑨コッタはイライラせずそっとはめる
⑩アースは確実に接地させる
⑪余ったカプラーや配線がないか複数回確認する
⑫あきらめない
これらの反省点を生かし次回は完璧にこなしたいと思います。
また、これから初めてK6Aエンジンのオーバーホールをする方に少しでも参考にしていただけると嬉しいです。